マルチプル分析①

今回は、バリュエーションをする際に使われるマルチプルに関して見ていきます。

マルチプルは、事業価値を求める事業価値マルチプル(EBITDA/EBIT/Sales)と株式価値を求める株式価値マルチプル(PER/PBR)に大別される。

事業価値マルチプルを算出するには、まず事業価値を求める。つまり、事業に必要な運転資本と固定資産の額から事業価値を始めに算出する。その事業価値に、有価証券等の非事業用資産を加算して、借入金等の負債から余剰現預金等を差し引いたネットデットを減算することで株式価値を計算します。

式で整理すると、下記です。

事業価値+非事業用資産-ネットデット=株式価値

株式価値マルチプルを算出するには、直接株式価値を計算します。

 

事業価値マルチプルは、非事業用資産・ネットデットといった会社の財政状態を考慮する一方で、株式価値マルチプルはその点を考慮しない。その為、原則は事業価値マルチプルをを使用することになる。ただ、場合によっては株式価値マルチプルを使用する場合もある。(株式価値マルチプルを使用した方がいい場合に関しては後述)

 

 

それでは、ここからはより詳細に各種別に特徴を見ていきます。

まずは、評価対象が事業価値である、Salesマルチプル、EBITDAマルチプル、EBITマルチプルの3つです。

 

  • Salesマルチプル…事業価値は売上規模に比例すると合理的に考えられ得る際に使用する評価手法。実務的には、「利益が赤字」の場合に使用されることが多いが、バリュエーションの考え方は利益・CFに依拠しており、使用する際には整理が必要。この点、Salesマルチプルによる評価は「市場平均的なマージンが達成可能」という前提を置いたEBIT/EBITDAマルチプル計算と同等。その為、①買い手は同業のビジネスを営んでおり、面を取って買い手のプラットフォームに乗せれば同様の収益率で運営可能。②成長途上であり、損益分岐点を超えていないが、事業計画期間中の成長により、或いは長期的には業界水準の利益率が達成可能といった前提についての確認をしてから使用することが望ましい。
  • EBITDAマルチプル…事業価値はEBITDAに比例すると合理的に考えられる際に使用する評価手法。実務で最も使用されているマルチプル。EBITDAは、各指標の中で最も営業CF/事業のCF創出能力に近似する概念であり、特に初期の設備投資負担が大きく、EBITの水準が実際に稼いでいるCFの水準と異なる場合(Normalized CapexとDepの水準が異なる場合)にはEBITDAマルチプルが実態と適合する。留意点として、類似会社と設備投資/減価償却構造が大きく異なる(特にファブ/ファブレス企業)場合や、減価償却割合(Dep/Sales, Dep/EBITDA等)が大きく異なる場合は、実態を適切に表さない場合がある。EBITDAマルチプルとEBITマルチプルの双方を計算して、差額要因を分析する癖をつけるとよいだろう。
  • EBITマルチプル…事業価値はEBITに比例すると合理的に考えられる際に使用する評価手法。上述したように、EBITDAマルチプルの方がEBITマルチプルよりも実務ではよく使用される。EBITマルチプルが使用されるのは次の場合である。①継続的なメンテナンスCapexの重要性が大きく、毎年稼ぐCFの水準がEBITDAよりもEBITDA-Normalized Capexの水準が近い場合。②類似会社の中に、ファブ/ファブレスの企業が混在しており、EBITDAマルチプルを採用した場合、減価償却構造の違いが価値評価を歪ませる場合。

 

次に、株式価値マルチプルの特徴を詳しく見ていく。

株式価値マルチプルは、財政状態(ネットデット等)を反映しない為、基本的には補助的な使用となるが、金融・不動産事業を中心にメインの手法として使用する場合がある。

 

  • PERマルチプル…株式価値は純利益に比例すると合理的に考えられる際に使用する評価手法。基本的に評価業務の多くはマジョリティ評価であり、財政状態を直接的に考慮しないPERをメインで使用する場合は限定的であるが、次のような状況では使用する場合がある。①非支配株主持分の保有でIPO Exitを考える場合等、(PERが主要な指標となる)株式市場での売却を基礎とした評価をする場合。②銀行業、リース業等において、スプレッド(受取利息/支払利息)がビジネスの根幹であり、支払利息後の利益が本業としての収益力を表していると考えられる場合(インカムアプローチでDDM法を使用するような状況。ただし、自己資本比率の違いが対象会社と類似会社である場合には留意が必要。)
  • PBRマルチプル…株式価値は純資産に比例すると合理的に考えられる際に使用する評価手法。次のような場合では、使用されることがある。①不動産業等、保有資産の価値そのものが価値の重要な要素を占めている場合。②金融業において、積み上げている資産(債権)の額が対象会社の価値を表している場合。

 

今回は以上です。次回以降は、マルチプル分析の際の論点に関しても見ていこうと存じます。